呂氏春秋 / 離俗④
齊莊公之時,有士曰賓卑聚,夢有壯子,白縞之冠,丹績之䘩,東布之衣,新素履,墨劍室,從而叱之,唾其面,惕然而寤,徒夢也。終夜坐不自快。明日召其友而告之曰:「吾少好勇,年六十而無所挫辱。今夜辱,吾將索其形,期得之則可,不得將死之。」每朝與其友俱立乎衢,三日不得,卻而自歿。謂此當務則未也。雖然,其心之不辱也,有可以加乎。
新字:斉荘公之時,有士曰賓卑聚,夢有壮子,白縞之冠,丹績之䘩,東布之衣,新素履,墨剣室,従而叱之,唾其面,惕然而寤,徒夢也。終夜坐不自快。明日召其友而告之曰:「吾少好勇,年六十而無所挫辱。今夜辱,吾将索其形,期得之則可,不得将死之。」毎朝与其友俱立乎衢,三日不得,卻而自歿。謂此当務則未也。雖然,其心之不辱也,有可以加乎。
書き下し
齊の莊公の時、士有り、賓卑聚と曰う、夢に壯子有り、白縞の冠、丹繢の䘩、東布の衣、新たなる素履、墨き劍室、從にして之を叱し、其の面に唾す。惕然として寤むれば、徒に夢なり。終夜坐して自ら快からず。明日、其の友を召して之に告げて曰く、「吾少きより勇を好み、年六十にして挫して辱しめらるる所無し。今夜辱しめらる。吾將に其の形を索めんとす。期して之を得れば則ち可、得ずんば將に之に死せんとす。」毎朝其の友と俱に衢に立ち、三日得ず。卻きて自ら歿す。此を務に當れりと謂うは、則ち未だしきなり。然りと雖も、其の心の辱しめられざるは、以て加う可き有らんや。
現代語訳
斉の荘公の時代、賓卑聚という士がいた。夢に屈強な男が現れ、白絹の冠、赤い模様の冠紐、粗布の衣、新しい白い靴、黒い剣鞘という姿で、彼を叱りつけ顔に唾を吐いた。はっと目覚めるとただの夢だった。だが一晩じゅう座り込んで気が晴れない。翌日、友を呼んで告げた。「私は若い頃から勇を好み、六十になるまで屈辱を受けたことがない。今夜辱められた。私はあの男の姿を探し出す。見つかればよし、見つからなければ死ぬつもりだ」と。毎朝友とともに大通りに立ったが、三日たっても見つからず、引き返して自害した。これをなすべき務めにかなったと言うには、まだ不十分である。とはいえ、その心が屈辱を受け入れなかった点は、これ以上に高いものがあろうか。