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呂氏春秋 / 執一④

吳起謂商文曰:「事君果有命矣夫!」商文曰:「何謂也?」吳起曰:「治四境之內,成馴教,變習俗,使君臣有義,父子有序,子與我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」曰:「今日置質為臣,其主安重;今日釋璽辭官,其主安輕;子與我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」曰:「士馬成列,馬與人敵,人在馬前,援桴一鼓,使三軍之士,樂死若生,子與我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」吳起曰:「三者,子皆不吾若也,位則在吾上,命也夫事君!」商文曰:「善。子問我,我亦問子。世變主少,群臣相疑,黔首不定,屬之子乎?屬之我乎?」吳起默然不對,少選曰:「與子。」商文曰:「是吾所以加於子之上已。」吳起見其所以長,而不見其所以短;知其所以賢,而不知其所以不肖。故勝於西河,而困於王錯,傾造大難,身不得死焉。夫吳勝於齊,而不勝於越;齊勝於宋,而不勝於燕;故凡能全國完身者,其唯知長短贏絀之化邪。

新字:吳起謂商文曰:「事君果有命矣夫!」商文曰:「何謂也?」吳起曰:「治四境之內,成馴教,変習俗,使君臣有義,父子有序,子与我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」曰:「今日置質為臣,其主安重;今日釈璽辞官,其主安輕;子与我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」曰:「士馬成列,馬与人敵,人在馬前,援桴一鼓,使三軍之士,楽死若生,子与我孰賢?」商文曰:「吾不若子。」吳起曰:「三者,子皆不吾若也,位則在吾上,命也夫事君!」商文曰:「善。子問我,我亦問子。世変主少,群臣相疑,黔首不定,属之子乎?属之我乎?」吳起黙然不対,少選曰:「与子。」商文曰:「是吾所以加於子之上已。」吳起見其所以長,而不見其所以短;知其所以賢,而不知其所以不肖。故勝於西河,而困於王錯,傾造大難,身不得死焉。夫吳勝於斉,而不勝於越;斉勝於宋,而不勝於燕;故凡能全国完身者,其唯知長短贏絀之化邪。

書き下し

吳起、商文に謂いて曰く、「君に事うるは果して命有るかな。」商文曰く、「何の謂ぞや。」吳起曰く、「四境の內を治め、馴教を成し、習俗を變じ、君臣をして義有らしめ、父子をして序有らしむるは、子と我と孰れか賢れる。」商文曰く、「吾、子に若かず。」曰く、「今日、質を置きて臣と為れば、其の主安に重く、今日、璽を釋きて官を辭すれば、其の主安に輕きは、子と我と孰れか賢れる。」商文曰く、「吾、子に若かず。」曰く、「士馬、列を成し、馬と人と敵し、人、馬前に在り、桴を援りて一鼓し、三軍の士をして、死を樂しむこと生の若くならしむるは、子と我と孰れか賢れる。」商文曰く、「吾、子に若かず。」吳起曰く、「三つの者、子皆吾に若かずして、位は則ち吾の上に在り。命なるかな、君に事うること。」商文曰く、「善し。子、我に問う。我も亦た子に問わん。世變じて主少く、群臣相疑い、黔首定まらざるとき、之を子に屬せんか、之を我に屬せんか。」吳起默然として對えず。少選して曰く、「子に與えん。」商文曰く、「是れ吾の子の上に加わる所以のみ。」吳起は其の長ずる所以を見て、其の短なる所以を見ず。其の賢なる所以を知りて、其の不肖なる所以を知らず。故に西河に勝ちて、而も王錯に苦しみ、傾くして大難に造り、身は死を得ず。夫れ吳は齊に勝つも、越に勝たず。齊は宋に勝つも、燕に勝たず。故に凡そ能く國を全くし身を完くする者は、其れ唯だ長短贏絀の化を知るのみか。

現代語訳

呉起が商文に言った。君主に仕えるのは、まったく運命というものがあるのだなあ、と。商文はどういう意味かと問うた。呉起は言った。国じゅうを治め、教化を行き渡らせ、習俗を改め、君臣に義を持たせ、父子に序列を持たせることでは、あなたと私とどちらがまさっているか、と。商文は、私はあなたに及ばない、と言った。呉起は続けた。今日、人質を差し出して臣従すれば、その主君の側がここに重んじられ、今日、印綬をといて官を辞せば、その主君の側がここに軽んじられる——そう思わせることでは、あなたと私とどちらがまさっているか、と。商文は、私はあなたに及ばない、と言った。呉起はさらに言った。兵と馬が隊列を成し、馬と人がぶつかり合い、人が馬の前に立ち、ばちを取って一打ち太鼓を鳴らして、全軍の兵に死を生のように喜ばせることでは、あなたと私とどちらがまさっているか、と。商文は、私はあなたに及ばない、と言った。呉起は言った。この三つとも、あなたは皆私に及ばないのに、地位は私の上にある。君主に仕えるのは運命なのだなあ、と。商文は言った。よろしい。あなたが私に問うたから、私もあなたに問おう。世が乱れて君主が幼く、群臣が互いに疑い、民が落ち着かないとき、それをあなたに委ねるべきか、私に委ねるべきか、と。呉起は黙って答えなかった。しばらくして、あなたに委ねよう、と言った。商文は、それこそが、私があなたの上に立つゆえんだ、と言った。呉起は自分のまさっている点は見えても、劣っている点は見えず、自分の賢い点は分かっても、至らぬ点は分からなかった。だから西河の戦いに勝ちながら王錯に苦しめられ、しばらくして大きな災難すなわち車裂きの刑に遭い、天寿を全うできなかった。そもそも呉は斉に勝ったが越には勝てず、斉は宋に勝ったが燕には勝てなかった。だから、よく国を全うし身を全うできる者は、ただ長所と短所、伸びと縮みの移り変わりの道理をわきまえている者だけであろう。

解説

執一篇を締めるこの段は、名将呉起と宰相商文の問答を描きます。呉起は治国・外交・用兵の三点で自分が勝ると誇りますが、商文は、主君が幼く群臣が疑い合う危機に人心をまとめられるのはどちらか、と問い返し、呉起も自分でなく商文だと認めます。個々の才ではなく、全体を一つにまとめる力こそ上位に立つ理由なのです。呉起は自分の長所しか見ず短所を顧みなかったため、非業の死を遂げました。呂氏春秋は、国と身を全うできるのは長短・盛衰の移り変わりを知る者だけだと結びます。個別の能力より全体を統合する力を重んじ、自分の弱点も客観視する自己認識の大切さを説く点は、現代のリーダーシップにも通じます。

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