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呂氏春秋 / 知度⑤

人主之患,必在任人而不能用之,用之而與不知者議之也。絕江者託於船,致遠者託於驥,霸王者託於賢。伊尹、呂尚、管夷吾、百里奚,此霸王者之船驥也。釋父兄與子弟,非疏之也;任庖人釣者與仇人僕虜,非阿之也;持社稷立功名之道,不得不然也。猶大匠之為宮室也,量小大而知材木矣,訾功丈而知人數矣。故小臣、呂尚聽,而天下知殷、周之王也;管夷吾、百里奚聽,而天下知齊、秦之霸也;豈特驥遠哉?

新字:人主之患,必在任人而不能用之,用之而与不知者議之也。絶江者託於船,致遠者託於驥,覇王者託於賢。伊尹、呂尚、管夷吾、百里奚,此覇王者之船驥也。釈父兄与子弟,非疏之也;任庖人釣者与仇人僕虜,非阿之也;持社稷立功名之道,不得不然也。猶大匠之為宮室也,量小大而知材木矣,訾功丈而知人数矣。故小臣、呂尚聴,而天下知殷、周之王也;管夷吾、百里奚聴,而天下知斉、秦之覇也;豈特驥遠哉?

書き下し

人主の患いは、必ず人に任ずるも、之を用うること能わず、之を用うるも知らざる者と之を議するに在り。江を絕る者は船に託し、遠きに致る者は驥に託し、霸王なる者は賢に託す。伊尹・呂尚・管夷吾・百里奚、此れ霸王なる者の船驥なり。父兄と子弟とを釋つるは、之を疏かにするに非ざるなり。庖人釣者と仇人僕虜とに任ずるは、之に阿るに非ざるなり。社稷を持ち功名を立つるの道,然らざるを得ざればなり。猶ほ大匠の宮室を為るがごとし。小大を量りて材木を知り、功丈訾りて人數を知る。故に小臣・呂尚聽かれて、天下殷・周の王たらんことを知り、管夷吾・百里奚聽かれて、天下齊・秦の霸たることを知るなり。豈に特に船驥のみんらんや。

現代語訳

君主の弊害は、人を任用しながらその人を使いこなせず、使ったとしてもその人物を理解しない者と一緒に相談してしまうことにある。大河を渡る者は船に身を託し、遠くへ行こうとする者は名馬に身を託し、覇者・王者たらんとする者は賢者に身を託す。伊尹・呂尚・管仲・百里奚、この四人こそ覇者・王者にとっての船であり名馬であった。登用にあたって父兄や子弟を退けたのは、彼らを疎んじたからではない。料理人あがりの伊尹や釣り人の呂尚、かたきであった管仲や捕虜あがりの百里奚を任用したのは、彼らにおもねったからではない。国家を保ち功名を立てる道が、そうせざるをえなかったのである。ちょうど棟梁が宮殿を建てるようなものだ。規模の大小をはかって必要な材木を知り、工事の量を見積もって必要な人数を知る。だから伊尹や呂尚が用いられて、天下は殷・周が王となるのを知り、管仲や百里奚が用いられて、天下は斉・秦が覇者となるのを知った。どうして単に船や名馬にたとえるだけで言い尽くせようか。

解説

この段は、覇王の事業が賢者に身を託すことで成るという原理を、大河を渡るには船・遠くへ行くには名馬という比喩で示します。伊尹・呂尚・管仲・百里奚——料理人や釣り人、かたきや捕虜という出自を問わず登用された賢者たちこそ、殷・周・斉・秦の勃興を支えた船であり名馬だったというのです。血縁を退け、経歴や過去のわだかまりを越えて能力本位で人を用いることが、国家を保ち功名を立てる不可欠の道だと説きます。出自や好悪でなく能力と適性で人材を登用し、その力に事業を託すという発想は、縁故を排した実力主義の人材登用として現代にもそのまま通じます。

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