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呂氏春秋 / 任數①

──凡官者,以治為任,以亂為罪。今亂而無責,則亂愈長矣。人主以好暴示能,以好唱自奮,人臣以不爭持位,以聽從取容,是君代有司為有司也,是臣得後隨以進其業。君臣不定,耳雖聞不可以聽,目雖見不可以視,心雖知不可以舉,勢使之也。凡耳之聞也藉於靜,目之見也藉於昭,心之知也藉於理。君臣易操,則上之三官者廢矣。亡國之主,其耳非不可以聞也,其目非不可以見也,其心非不可以知也,君臣擾亂,上下不分別,雖聞曷聞,雖見曷見,雖知曷知,馳騁而因耳矣,此愚者之所不至也。不至則不知,不知則不信。無骨者不可令知冰。有土之君,能察此言也,則災無由至矣。

新字:──凡官者,以治為任,以乱為罪。今乱而無責,則乱愈長矣。人主以好暴示能,以好唱自奮,人臣以不争持位,以聴従取容,是君代有司為有司也,是臣得後随以進其業。君臣不定,耳雖聞不可以聴,目雖見不可以視,心雖知不可以舉,勢使之也。凡耳之聞也藉於静,目之見也藉於昭,心之知也藉於理。君臣易操,則上之三官者廃矣。亡国之主,其耳非不可以聞也,其目非不可以見也,其心非不可以知也,君臣擾乱,上下不分別,雖聞曷聞,雖見曷見,雖知曷知,馳騁而因耳矣,此愚者之所不至也。不至則不知,不知則不信。無骨者不可令知冰。有土之君,能察此言也,則災無由至矣。

書き下し

凡そ官は、治を以て任と為し、亂を以て罪と為す。今亂れて責むること無ければ、則ち亂愈々長ず。人主、暴を好むを以て能を示し、唱を好むを以て自ら奮い、人臣は爭わざるを以て位を持し、聽從を以て容を取る。是れ君、有司に代わりて有司と為るなり。是れ臣後隨して以て其の業を進むることを得るなり。君臣定まらざれば、耳聞くと雖も以て聽く可からず、目見ると雖も以て視る可からず、心知ると雖も以て舉ぐ可からず。勢、之をせしむるなり。凡そ耳の聞くや靜に籍り、目の見るや昭に籍り、心の知るや理に籍る。君臣操を易うれば、則ち上の三官の者は廢る。亡國の主も、其の耳以て聞く可からざるに非ざるなり。其の目以て見る可からざるに非ざるなり。其の心以て知る可からざるに非ざるなり。君臣擾亂し、上下分別せざれば、聞くと雖も曷をか聞かん、見ると雖も曷をか見ん、知ると雖も曷をか知らん。馳騁して因るのみ。此れ愚者の至らざる所なり。至らざれば則ち知らず、知らざれば則ち信ぜず。骨無き者は冰を知らしむ可からず。土を有するの君、能く此の言を察すれば、則ち災い由りて至る無し。

現代語訳

そもそも役人は、よく治めることを職責とし、乱すことを罪とする。今、乱れていながら責めを問わなければ、乱れはますますつのる。君主が知恵をひけらかすのを好んで能力を誇示し、号令するのを好んでみずから奮い立ち、臣下は争わずにいて地位を保ち、ただ従うことで気に入られようとする。これでは君主が役人に代わって役人の仕事をし、臣下は後ろについて調子を合わせて自分の務めを進めるだけになる。君臣の分が定まらなければ、耳は聞こえても聴き分けられず、目は見えても見きわめられず、心は知っても取り上げられない。成り行きがそうさせるのだ。そもそも耳が聞けるのは静けさにより、目が見えるのは明るさにより、心が知るのは道理による。君臣がその持ち場を取り違えれば、この耳・目・心の三つのはたらきは損なわれる。国を滅ぼす君主も、その耳が聞けないのでも、目が見えないのでも、心が知れないのでもない。ただ君臣が入り乱れ、上下の分けへだてがなければ、聞こえても何を聞こう、見えても何を見よう、知っても何を知ろう、ただあわてて走り回って耳目心に頼るばかりだ。これは愚か者でも思い至らぬ有りさまである。思い至らなければ知らず、知らなければ信じない。骨のない虫に氷のことをわからせられないようなものだ。国土を保つ君主がこの言葉をよくわきまえれば、災いはやって来ようがない。

解説

任數篇のこの段は、君臣それぞれの職分すなわち役割の理法を守ることの大切さを説きます。君主が知恵を誇示して実務を抱え込み、臣下がただ迎合して地位を守るようになると、君臣の持ち場が入れ替わり、本来鋭いはずの耳・目・心のはたらきさえ用をなさなくなります。国を滅ぼす君主も感覚が鈍いのではなく、君臣の分が乱れて情報を正しく生かせないのだ、という診断が核心です。トップが現場仕事に没入し部下が忖度に徹すると、組織はいくら情報を持っていても判断を誤るという指摘は、役割分担と権限の明確化が意思決定の質を左右する現代の組織運営にも通じます。

この一句を、あなたの毎日に。

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