呂氏春秋 / 正名②
凡亂者,刑名不當也。人主雖不肖,猶若用賢,猶若聽善,猶若為可者。其患在乎所謂賢、從不肖也,所為善、而從邪辟,所謂可、從悖逆也,是刑名異充而聲實異謂也。夫賢不肖、善邪辟、可悖逆,國不亂、身不危奚待也?齊湣王是以知說士,而不知所謂士也。故尹文問其故,而王無以應。此公玉丹之所以見信而卓齒之所以見任也。任卓齒而信公玉丹,豈非以自讎邪?
新字:凡乱者,刑名不当也。人主雖不肖,猶若用賢,猶若聴善,猶若為可者。其患在乎所謂賢、従不肖也,所為善、而従邪辟,所謂可、従悖逆也,是刑名異充而声実異謂也。夫賢不肖、善邪辟、可悖逆,国不乱、身不危奚待也?斉湣王是以知説士,而不知所謂士也。故尹文問其故,而王無以応。此公玉丹之所以見信而卓齒之所以見任也。任卓齒而信公玉丹,豈非以自讎邪?
書き下し
凡そ亂なる者は、刑名當らざるなり。人主不肖なりと雖も、猶若ほ賢を用い、猶若ほ善を聽き、猶若ほ可を為さんとする者、其の患いは賢と謂い、不肖に従う所、善と為い、邪辟に從う所、可と謂い、悖逆に従う所に在り。是れ刑名充を異にして、聲實異なるの謂なり。夫れ不肖を賢とし、邪辟を善とし、悖逆を可とせば、國亂れず、身危うからざること、奚ぞ待たん。齊の湣王、是を以て士を説ぶことを知りて、而も所謂士を知らざるなり。故に尹文、其の故を問いて、王以て應うる無し。此れ公玉丹の信ぜられし所以にして、卓齒の任ぜられし所以なり。卓齒に任じて公玉丹を信ずるは、豈に以て自ら讎するに非ずや。
現代語訳
およそ乱れというものは、実体と名目(刑名)が一致しないことである。君主が愚かでも、なお賢者を用い善言を聴き善いことをしようとするなら、その弊は、賢者だと思ってじつは愚者に従い、善だと思って邪悪に従い、可だと思って悖逆に従う点にある。これは実体と名目が食い違い、評判と実際が別物になっていることを言うのだ。愚者を賢者、邪悪を善、悖逆を可としてしまえば、国が乱れず身が危うくならないなど、どうしてありえよう。斉の湣王は、こうして士を好むことは知っていたが、本当の士とは何かを知らなかった。だから尹文にその理由を問われても、王は答えられなかった。これこそ佞臣の公玉丹が信任され、卓齒が重用された理由である。卓齒を用い公玉丹を信じるのは、自ら仇を作るようなものではないか。