呂氏春秋 / 去宥①
東方之墨者謝子將西見秦惠王。惠王問秦之墨者唐姑果。唐姑果恐王之親謝子賢於己也,對曰:「謝子,東方之辯士也,其為人甚險,將奮於說以取少主也。」王因藏怒以待之。謝子至,說王,王弗聽。謝子不說,遂辭而行。凡聽言,以求善也。所言苟善,雖奮於取少主,何損?所言不善,雖不奮於取少主,何益?不以善為之愨,而徒以取少主為之悖,惠王失所以為聽矣。用志若是,見客雖勞,耳目雖弊,猶不得所謂也。此史定所以得行其邪也,此史定所以得飾鬼以人,罪殺不辜,群臣擾亂,國幾大危也。人之老也,形益衰,而智益盛。今惠王之老也,形與智皆衰邪!
新字:東方之墨者謝子将西見秦恵王。恵王問秦之墨者唐姑果。唐姑果恐王之親謝子賢於己也,対曰:「謝子,東方之辯士也,其為人甚険,将奮於説以取少主也。」王因蔵怒以待之。謝子至,説王,王弗聴。謝子不説,遂辞而行。凡聴言,以求善也。所言苟善,雖奮於取少主,何損?所言不善,雖不奮於取少主,何益?不以善為之愨,而徒以取少主為之悖,恵王失所以為聴矣。用志若是,見客雖労,耳目雖弊,猶不得所謂也。此史定所以得行其邪也,此史定所以得飾鬼以人,罪殺不辜,群臣擾乱,国幾大危也。人之老也,形益衰,而智益盛。今恵王之老也,形与智皆衰邪!
書き下し
東方の墨者謝子、將に西のかた秦の惠王に見えんとす。惠王、秦の墨者唐姑果に問う。唐姑果、王の謝子に親しむこと、己より賢らんことを恐れ、對えて曰く、「謝子は、東方の辯士なり。其の人と為りや甚だ險にして、將に説に奮めて以て少主を取らんとす。」王因りて怒りを藏して以て之を待つ。謝子至り、王に説く。王聽かず。謝子悦ばず。遂に辭して行る。凡そ言を聽くは、以て善を求むるなり。言う所苟しくも善ならば、少主を取るに奮むと雖も、何ぞ損せん。言う所善ならずんば、少主を取るに奮めずと雖も、何ぞ益せん。善を以て之を愨と為さずして、徒だ少主を取るを以て之を悖れりと為すは、惠王、聽を為す所以を失うなり。志を用うること是くの若くんば、客を見て勞すと雖も、耳目弊すと雖も、猶ほ謂う所を得ざるなり。此れ史定の其の邪を行うを得し所以なり。此れ史定の鬼を飾るに人を以てし、不辜を罪殺するを得し所以なり。群臣擾亂し、國幾ど大いに危きなり。人の老ゆるや、形益々衰えて、智益々盛んなり。今惠王の老ゆるや、形と智と皆衰えたるか。
現代語訳
東方の墨家の謝子が、西へ行って秦の恵王に会おうとした。恵王は秦の墨家の唐姑果に謝子の人物を尋ねた。唐姑果は、王が自分より謝子を賢いと認めて親しむことを恐れ、『謝子は東方の弁士で、人柄が非常に陰険です。弁舌を尽くして若君を取り込もうとするでしょう』と答えた。王はそこで怒りを内に秘めて謝子を待った。謝子が来て説いても、王は聞き入れず、謝子は不快になってそのまま辞去した。およそ人の言を聞くのは善を求めるためである。言うことが善ければ、たとえ若君を取り込もうとしていても何の損があろう。言うことが善くなければ、若君を取り込もうとしていなくても何の益があろう。言葉の善さをもって誠実さと判断せず、ただ若君を取り込むという点だけで不正と決めつけるのは、恵王が聞く目的を見失っているのだ。こんな心構えでは、客に会って苦労し耳目を疲れさせても、肝心のことは得られない。これこそ史定が邪をなしえた理由であり、鬼神にかこつけて罪なき人を殺しえた理由である。家臣は乱れ、国はあやうく大きく傾いた。人は老いると体は衰えても知恵は盛んになるものだが、恵王の老いは、体も知恵もともに衰えたのだろうか。