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呂氏春秋 / 諭大③

季子曰:“燕雀爭善處於一屋之下,子母相哺也,姁姁焉相樂也,自以為安矣。灶突決,則火上焚棟,燕雀顏色不變,是何也?乃不知禍之將及己也。為人臣能免於燕雀之智者寡矣。夫為人臣者,進其爵祿富貴,父子兄弟相與比周於一國,姁姁焉相樂也,以危其社稷,其為灶突近也,而終不知也,其與燕雀之智不異矣。故曰:‘天下大亂,無有安國;一國盡亂,無有安家;一家皆亂,無有安身’,此之謂也。故小之定也必恃大,大之安也必恃小。小大貴賤,交相為恃,然後皆得其樂。”定賤小在於貴大,解在乎薄疑說衛嗣君以王術,杜赫說周昭文君以安天下,及匡章之難惠子以王齊王也。

新字:季子曰:“燕雀争善処於一屋之下,子母相哺也,姁姁焉相楽也,自以為安矣。灶突決,則火上焚棟,燕雀顏色不変,是何也?乃不知禍之将及己也。為人臣能免於燕雀之智者寡矣。夫為人臣者,進其爵祿富貴,父子兄弟相与比周於一国,姁姁焉相楽也,以危其社稷,其為灶突近也,而終不知也,其与燕雀之智不異矣。故曰:‘天下大乱,無有安国;一国尽乱,無有安家;一家皆乱,無有安身’,此之謂也。故小之定也必恃大,大之安也必恃小。小大貴賤,交相為恃,然後皆得其楽。”定賤小在於貴大,解在乎薄疑説衛嗣君以王術,杜赫説周昭文君以安天下,及匡章之難恵子以王斉王也。

書き下し

季子曰く、「燕雀、善處を一屋の下に争い、子母相哺し、姁姁焉として相樂しみ、自ら以て安しと為す。竈突決すれば、則ち火上り棟を焚くも、燕雀の顏色變ぜざるは、是れ何ぞや。乃ち禍の將に己に及ばんとするを知らざればなり。人臣と為り、能く燕雀の智を免るる者は寡し。夫れ人臣為る者は、其の爵祿富貴に進み、父子兄弟相與に一國に比周して、姁姁焉として相樂しみ、以て其の社稷を危うくす。其の竈突為るや近けれども、終に知らざるなり。其れ燕雀の智と異ならず。故に曰く、『天下大いに亂るれば、安國有ること無く、一國盡く亂るれば、安家有ること無く、一家皆亂るれば、安身有ること無し。』此を之れ謂うなり。故に小の定むるには必ず大を恃み、大の安んずるには必ず小を恃む。小大貴賤、交々相恃むを為し、然る後皆其の樂しみを得。」賤小を定むるは貴大に在り。解は薄疑、衛の嗣君に説くに王術を以てすると、杜赫、周の昭文君を説くに天下を安んずるを以てすると、匡章の惠子を難ずるに齊王を王とせしを以てするとに在り。

現代語訳

季子は言った、「燕や雀が一つの屋根の下で良い場所を争い、親子が餌をやり合い、むつまじく楽しんで、自分たちは安全だと思っている。だが煙突が壊れて火が上り棟を焼いても、燕や雀は顔色一つ変えない。これはなぜか。禍が自分に及ぼうとしているのを知らないからだ。臣下となって燕雀の愚を免れる者は少ない。臣下たる者は、爵禄や富貴を追い求め、父子兄弟がこぞって一国で徒党を組み、むつまじく楽しんで、その社稷を危うくする。煙突の火が迫っているのに、ついに気づかない。これは燕雀の愚と変わらない。ゆえにいう、天下が大いに乱れれば安らかな国はなく、一国がことごとく乱れれば安らかな家はなく、一家がみな乱れれば安らかな身はない、とは、このことだ。ゆえに小さいものが定まるには必ず大きいものを頼み、大きいものが安らかであるには必ず小さいものを頼む。大小貴賤が互いに頼み合ってこそ、みなその楽しみを得られる」と。卑小なものを定めるのは高大なものにかかっている。詳しい解説は、薄疑が衛の嗣君に王者の術を説いた話、杜赫が周の昭文君に天下を安んじる道を説いた話、匡章が恵子を斉王を王とした点で難じた話にある。

解説

この段は諭大篇を締めくくり、季子の燕雀の寓話で目先にとらわれる愚を戒めます。煙突が壊れて火が棟に迫っても平気でいる燕や雀のように、臣下は爵禄を争い徒党を組んで安穏とし、国が傾く危機に気づかない、というのです。天下・国・家・身の安否は連なっており、小は大を、大は小を頼み合ってこそ皆が安らげると説きます。薄疑・杜赫・匡章の故事を大局を論じた例として挙げます。呂氏春秋は、部分と全体が支え合う大局的な視野を重んじました。足元の利に安住して全体の危機を見落とすなという教えは、目先と大局を結びつけて考える、現代の組織やリスク管理にも通じます。

この一句を、あなたの毎日に。

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