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呂氏春秋 / 諭大①

昔舜欲旗古今而不成,既足以成帝矣。禹欲帝而不成,既足以正殊俗矣。湯欲繼禹而不成,既足以服四荒矣。武王欲及湯而不成,既足以王道矣。五伯欲繼三王而不成,既足以為諸侯長矣。孔丘、墨翟欲行大道於世而不成,既足以成顯名矣。夫大義之不成,既有成矣已。夏書曰:“天子之德廣運,乃神,乃武乃文。”故務在事,事在大。

新字:昔舜欲旗古今而不成,既足以成帝矣。禹欲帝而不成,既足以正殊俗矣。湯欲継禹而不成,既足以服四荒矣。武王欲及湯而不成,既足以王道矣。五伯欲継三王而不成,既足以為諸侯長矣。孔丘、墨翟欲行大道於世而不成,既足以成顕名矣。夫大義之不成,既有成矣已。夏書曰:“天子之徳広運,乃神,乃武乃文。”故務在事,事在大。

書き下し

昔、舜は古今を旗めんと欲して成らざるに、既に以て帝と成るに足れり。禹は帝たらんと欲して成らざるに、既に以て殊俗を正すに足れり。湯は禹を繼がんと欲して成らざるに、既に以て四荒を服するに足れり。武王は湯に及ばんと欲して成らざるに、既に以て王道たるに足れり。五伯は三王を繼がんと欲して成らざるに、既に以て諸侯の長為るに足れり。孔丘・墨翟は大道を世に行わんと欲して成らざるに、既に以て顯名を成すに足れり。夫れ大義の成らざるに、既に成ること有り。夏書に曰く、「天子の德廣運にして、乃ち神、乃ち武乃ち文。」故に務は事に在り、事は大に在り。

現代語訳

昔、舜は古今を極め尽くそうと望んで果たせなかったが、それでも帝となるには十分であった。禹は帝たろうと望んで果たせなかったが、それでも異俗を正すには十分であった。湯は禹を継ごうと望んで果たせなかったが、それでも四方の蛮族を服させるには十分であった。武王は湯に及ぼうと望んで果たせなかったが、それでも王道を行うには十分であった。五覇は三王を継ごうと望んで果たせなかったが、それでも諸侯の長となるには十分であった。孔丘・墨翟は大道を世に行おうと望んで果たせなかったが、それでも名を高くするには十分であった。大いなる志は成就しなくとも、すでに相応の成果があるのだ。夏書に、天子の徳は広大に行き渡り神のごとく武にして文である、とある。ゆえに務めは事にあり、事は大にある。

解説

この段は諭大篇の総論で、大きな志を抱くことの価値を説きます。舜・禹・湯・武王・五覇・孔子や墨子は、それぞれ最高の理想には届かなかったものの、帝となり、異俗を正し、蛮族を服させ、名を高めるなど、相応の大きな成果を残しました。志が高ければ、たとえ届かなくとも到達点は高い、というのです。夏書の広大な天子の徳を引き、務めは大事に向かうべきだと結びます。呂氏春秋は、大きな目標を掲げることを重んじました。理想に届かなくとも高く狙うほど遠くまで到達できるという教えは、志を大きく持てという励ましとして、現代の目標設定や生き方にも通じます。

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