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呂氏春秋 / 應同③

凡兵之用也,用於利,用於義。攻亂則脆,脆則攻者利。攻亂則義,義則攻者榮。榮且利,中主猶且為之,況於賢主乎?故割地寶器,卑辭屈服,不足以止攻,惟治為足。治則為利者不攻矣,為名者不伐矣。凡人之攻伐也,非為利則因為名也,名實不得,國雖彊大者,曷為攻矣?解在乎史墨來而輟不襲衛,趙簡子可謂知動靜矣。

新字:凡兵之用也,用於利,用於義。攻乱則脆,脆則攻者利。攻乱則義,義則攻者栄。栄且利,中主猶且為之,況於賢主乎?故割地宝器,卑辞屈服,不足以止攻,惟治為足。治則為利者不攻矣,為名者不伐矣。凡人之攻伐也,非為利則因為名也,名実不得,国雖彊大者,曷為攻矣?解在乎史墨来而輟不襲衛,趙簡子可謂知動静矣。

書き下し

凡そ兵の用たるや、利に用い、義に用う。亂を攻むれば則ち脆く、脆ければ則ち攻むる者利あり。亂を攻むるは則ち義あり、義あれば則ち攻むる者榮あり。榮にして且つ利あれば、中主も猶ほ且つ之を為す。況んや賢主に於いてをや。故に割地寶器、卑辭屈服は、以て攻を止むるに足らず。惟だ治のみ足れりと為す。治まれば則ち利の為にする者は攻めず、名の為にする者は伐たず。凡そ人の攻伐するや、利の為にするに非ざれば則ち名の為にするに因るなり。名實得ざれば、國彊大なる者と雖も、曷ぞ攻むるを為さんや。解は史墨の來たりて輟めて衛を襲わざるに在り。趙簡子は動靜を知ると謂う可し。

現代語訳

およそ軍隊を用いるのは、利のためと義のためである。乱れた国を攻めれば相手は脆く、脆ければ攻める側に利がある。乱れた国を攻めるのは義にかない、義があれば攻める側に誉れがある。誉れがあり利もあるなら、平凡な君主でさえこれをする。まして賢明な君主ならなおさらだ。ゆえに領地や宝器を割き、へりくだって屈服しても、攻撃を止めるには足りない。ただ善く治めることだけが十分な備えとなる。よく治まっていれば、利を求める者も攻めず、名を求める者も討たない。人が攻め討つのは、利のためでなければ名のためである。名も実も得られないなら、国がいかに強大でも、どうして攻めようか。詳しい解説は、史墨が来て晋が衛を襲うのを取りやめた故事にある。趙簡子は動と静の機微を心得ていたといえる。

解説

この段は、防衛の要は割地や屈服でなく国内をよく治めることだと説きます。人が他国を攻めるのは利か名のためであり、乱れた国は脆く義名分も立つので攻められる。逆によく治まった国は攻めても利も名も得られないので、強大でなくとも侵されない、という論理です。史墨の進言で趙簡子が衛への侵攻を取りやめた故事を引き、状況を見て動静を決める賢明さを称えます。呂氏春秋の、治国こそ最大の防御という現実的な安全保障観がうかがえます。譲歩より内実を固めよという教えは、外圧に対して自らの体質を強くすることこそ本質だという、現代の組織や国の防衛観にも通じます。

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