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呂氏春秋 / 序意①

維秦八年,歲在涒灘,秋,甲子朔,朔之日,良人請問十二紀。文信侯曰:“嘗得學黃帝之所以誨顓頊矣,爰有大圜在上,大矩在下,汝能法之,為民父母。蓋聞古之清世,是法天地。凡十二紀者,所以紀治亂存亡也,所以知壽夭吉凶也。上揆之天,下驗之地,中審之人,若此則是非可不可無所遁矣。天曰順,順維生;地曰固,固維寧;人曰信,信維聽。三者咸當,無為而行。行也者,行其理也。行數,循其理,平其私。夫私視使目盲,私聽使耳聾,私慮使心狂。三者皆私設精則智無由公。智不公,則福日衰,災日隆,以日倪而西望知之。”

新字:維秦八年,歲在涒灘,秋,甲子朔,朔之日,良人請問十二紀。文信侯曰:“嘗得學黄帝之所以誨顓頊矣,爰有大圜在上,大矩在下,汝能法之,為民父母。蓋聞古之清世,是法天地。凡十二紀者,所以紀治乱存亡也,所以知寿夭吉凶也。上揆之天,下験之地,中審之人,若此則是非可不可無所遁矣。天曰順,順維生;地曰固,固維寧;人曰信,信維聴。三者咸当,無為而行。行也者,行其理也。行数,循其理,平其私。夫私視使目盲,私聴使耳聾,私慮使心狂。三者皆私設精則智無由公。智不公,則福日衰,災日隆,以日倪而西望知之。”

書き下し

維れ秦の八年、歲は涒灘に在り。秋、甲子朔、朔の日、良人、十二紀を請い問う。文信侯曰く、「嘗て黃帝の以て顓頊に誨えし所を學ぶことを得たり。爰に大圜上に在り、大矩下に在る有り。汝能く之に法らば、民の父母と為らん。蓋し聞く、古の清世は、是れ天地に法る、と。凡そ十二紀は、治亂存亡を紀する所以なり、壽夭吉凶を知る所以なり。上は之を天に揆り、下は之を地に驗し、中は之を人に審らかにす。此の若くなれば則ち是非・可不可、遁るる所無し。天を順と曰う、順なれば維れ生ず。地を固と曰う、固なれば維れ寧し。人を信と曰う、信なれば維れ聽まる。三者咸當れば、為す無くして行わる。行うとは、其の數を行うなり。數を行えば、其の理に循い、其の私を平らかにす。夫れ私視は目をして盲せしめ、私聽は耳をして聾せしめ、私慮は心をして狂せしむ。三者皆私に設くること精しければ、則ち智は公に由る無し。智、公ならざれば、則ち福い日に衰え、災い日に隆んなり。日倪するを以て、西望して之を知る。」

現代語訳

秦の八年、干支は涒灘(申の年)にあたる。秋、甲子の朔(ついたち)、その朔の日に、良人(賢者)が十二紀について問うた。文信侯(呂不韋)は言った、「私はかつて、黄帝が顓頊に教えた教えを学ぶことができた。そこには、大いなる円である天が上にあり、大いなる方形である地が下にある。お前がよくこれに則れば、民の父母たるよき為政者となれる、とあった。思うに、古の清らかに治まった世は、この天地に則っていたのだ。そもそも十二紀は、治乱存亡を記録するためのものであり、長命・短命や吉凶を知るためのものである。上は天に照らして測り、下は地に照らして験し、中は人に照らして明らかにする。このようにすれば、是非や可否は逃れようがない。天を順といい、順であれば万物が生じる。地を固といい、固であれば安寧となる。人を信といい、信であれば世が治まる。この三つがみな当を得れば、無為でも自然に事が行われる。行うとは、その理法(数)を行うことである。理法を行えば、道理に従い、私心を平らかにする。そもそも私心による見方は目を盲にし、私心による聞き方は耳を聾にし、私心による思慮は心を狂わせる。この三つがすべて私心に凝り固まれば、知恵は公正なものになりようがない。知恵が公正でなければ、福は日ごとに衰え、災いは日ごとに盛んになる。(日が傾くのをもって、西を望んでそれを知る。)」

解説

本段は「序意」、すなわち十二紀全体を締めくくる跋文(あとがき)です。秦の八年、申の年の秋の朔日に問いを受けた文信侯すなわち呂不韋が、十二紀編纂の趣旨を語ります。黄帝が顓頊に授けた「天は円く上に、地は方く下にある」という教えに則れば民の父母たる為政者になれると述べ、十二紀は治乱存亡や吉凶を、天・地・人に照らして見きわめるための書だと説きます。天の順・地の固・人の信の三つが当を得れば無為にして治まり、逆に私心が目・耳・心を曇らせれば知は公正を失う、と結びます。呂不韋が食客を集めて編ませた『呂氏春秋』の思想的な自己規定であり、公正と無私を治世の根本に置く立場がよく表れています。

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