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呂氏春秋 / 不侵③

豫讓之友謂豫讓曰:“子之行何其惑也?子嘗事范氏、中行氏,諸侯盡滅之,而子不為報,至於智氏,而子必為之報,何故?”豫讓曰:“我將告子其故。范氏、中行氏,我寒而不我衣,我饑而不我食,而時使我與千人共其養,是眾人畜我也。夫眾人畜我者,我亦眾人事之。至於智氏則不然,出則乘我以車,入則足我以養,眾人廣朝,而必加禮於吾所,是國士畜我也。夫國士畜我者,我亦國士事之。”豫讓,國士也,而猶以人之於己也為念,又況於中人乎?

新字:予譲之友謂予譲曰:“子之行何其惑也?子嘗事范氏、中行氏,諸侯尽滅之,而子不為報,至於智氏,而子必為之報,何故?”予譲曰:“我将告子其故。范氏、中行氏,我寒而不我衣,我饑而不我食,而時使我与千人共其養,是眾人畜我也。夫眾人畜我者,我亦眾人事之。至於智氏則不然,出則乗我以車,入則足我以養,眾人広朝,而必加礼於吾所,是国士畜我也。夫国士畜我者,我亦国士事之。”予譲,国士也,而猶以人之於己也為念,又況於中人乎?

書き下し

豫讓の友、豫讓に謂いて曰く、「子の行い、何ぞ其れ惑えるや。子嘗て范氏・中行氏に事え、諸侯盡く之を滅ぼせども、子為に報いず。智氏に至りて、子必ず之が為に報ゆるは、何の故ぞ。」豫讓曰く、「我將に子に其の故を告げんとす。范氏・中行氏は、我寒ゆれども、我に衣せず、我饑ゆれども、我に食らわせずして、時に我をして千人と其の養いを共にせしむ。是れ衆人もて我を畜うなり。夫れ衆人もて我を畜う者には、我も亦た衆人もて之に事う。智氏に至りては、則ち然らず。出づれば則ち我を乘するに車を以てし、入れば則ち我を足らしむるに養いを以てす。衆人廣く朝すれども、必ず禮を吾が所に加う。是れ國士もて我を畜うなり。夫れ國士もて我を畜う者には、我も亦た國士もて之に事う。」豫讓は國士なり。而も猶ほ人の己に於けるを以て念と為す。又況んや中人に於いてをや。

現代語訳

豫譲の友が豫譲に言った、「あなたの振る舞いは、なんと分からないことか。あなたはかつて范氏・中行氏に仕えたが、諸侯が彼らをことごとく滅ぼしても、あなたは彼らのために報復しなかった。それが智氏(智伯)となると、あなたは必ずその仇を討とうとする。どういうわけか」。豫譲は言った、「その理由を教えよう。范氏・中行氏は、私が寒くても着せず、飢えても食べさせず、しかも私を大勢の一人として千人と同列に扱った。これは私を凡人並みに養ったのだ。凡人並みに養う者には、私も凡人並みに仕える。だが智氏はそうではなかった。外出のときは車に乗せてくれ、屋敷では十分に養ってくれた。大勢の家臣が広く参内しても、必ず私に礼を厚くしてくれた。これは私を国士(国家の傑物)として養ったのだ。国士として養ってくれる者には、私も国士として仕えるのだ」。豫譲は国士である。それでもなお、人が自分をどう遇したかを報恩の念とする。まして並みの人であればなおさら、遇し方に応じて振る舞うではないか。

解説

本段は刺客・豫譲の有名な言葉を伝えます。友に「なぜ智伯のためだけに仇を討つのか」と問われた豫譲は、范氏・中行氏は自分を凡人並みに扱い、智伯は「国士」として厚遇したからだと答えます。「国士として遇されたゆえに国士として報いる」という論理です。背景には、待遇と報恩を等価とみる戦国の士の倫理があります。呂氏春秋は、国士の豫譲でさえ相手の遇し方を報恩の基準とするのだから、まして普通の人ならなおさらだと結び、人を厚く遇することの意味を説きます。現代でも、人は自分がどう扱われたかに応じて応えるという、処遇と信頼の関係を考えさせます。

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