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呂氏春秋 / 異用②

湯見祝網者,置四面,其祝曰:“從天墜者,從地出者,從四方來者,皆離吾網。”湯曰:“嘻!盡之矣。非桀其孰為此也?”湯收其三面,置其一面,更教祝曰:“昔蛛蝥作網罟,今之人學紓。欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下,吾取其犯命者。”漢南之國聞之曰:“湯之德及禽獸矣。”四十國歸之。人置四面,未必得鳥;湯去其三面,置其一面,以網其四十國,非徒網鳥也。

新字:湯見祝網者,置四面,其祝曰:“従天墜者,従地出者,従四方来者,皆離吾網。”湯曰:“嘻!尽之矣。非桀其孰為此也?”湯収其三面,置其一面,更教祝曰:“昔蛛蝥作網罟,今之人學紓。欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下,吾取其犯命者。”漢南之国聞之曰:“湯之徳及禽獣矣。”四十国歸之。人置四面,未必得鳥;湯去其三面,置其一面,以網其四十国,非徒網鳥也。

書き下し

湯、網に祝する者の四面に置くを見る。其の祝に曰く、「天從り墜つる者、地從り出づる者、四方從り來たる者、皆吾が網に離れ。」湯曰く、「嘻、之を盡くすかな。桀に非ざれば、其れ孰か此を為さんや。」湯、其の三面を収めて、其の一面に置き、更に祝に教えて曰く、「昔蛛蝥網罟を作り、今の人紓を學ぶ。左せんと欲する者は左せよ、右せんと欲する者は右せよ、高らんと欲する者は高れ、下らんと欲する者は下れ、吾其の命を犯す者を取らえん。」漢南の國、之を聞きて曰く、「湯の德、禽獸に及べり。」四十國之に歸す。人四面に置くも、未だ必ずしも鳥を得ず。湯、其の三面を去り、其の一面に置きて、以て其の四十國を網せり。徒に鳥を網するに非ざるなり。

現代語訳

湯王が、網を仕掛けて祈る者が四方に網を張っているのを見た。その祈りには「天から落ちるもの、地から出るもの、四方から来るもの、みな私の網にかかれ」とあった。湯王は言った、「ああ、獲物を取り尽くしてしまう。桀でなければ、誰がこんなことをしようか」と。湯王はその三方の網を収めて一方だけ残し、あらためて祈りを教えて言った、「昔、蜘蛛が網を作り、今の人はそれをまねている。左へ行きたいものは左へ、右へ行きたいものは右へ、上へ行きたいものは上へ、下へ行きたいものは下へ行け。私はそれでも命に逆らうものだけを捕えよう」と。漢水の南の国々はこれを聞いて言った、「湯王の徳は鳥獣にまで及んでいる」と。そして四十の国が湯王に帰服した。人が四方に網を張っても、必ずしも鳥は取れない。湯王は三方を去り一方だけ残して、それで四十の国を心服させて網にかけた。ただ鳥を網にかけたのではないのだ。

解説

湯王が四方に張った網の三方を解き放ち、逃げたい獲物は逃がして命に逆らうものだけを捕えると祈り直した「網開三面」の故事です。鳥獣にまで及ぶ寛仁の徳を漢南の国々が聞き知り、四十国が自ら帰服したと語ります。同じ網でも、取り尽くそうとすれば暴虐の桀と同じだが、逃げ道を残せば人心を得る道具となる、という異用篇の主題を体現します。物ではなく用い方が結果を分ける好例です。現代でも、相手に逃げ道や選択の余地を残す寛容さが、かえって信頼と支持を集めるという教訓は、交渉や統治、組織運営の知恵として広く通じます。

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