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呂氏春秋 / 異寶①

古之人非無寶也,其所寶者異也。孫叔敖疾,將死,戒其子曰:“王數封我矣,吾不受也。為我死,王則封汝,必無受利地。楚、越之間有寢之丘者,此其地不利,而名甚惡。荊人畏鬼,而越人信機。可長有者,其唯此也。”孫叔敖死,王果以美地封其子,而子辭,請寢之丘,故至今不失。孫叔敖之知,知不以利為利矣,知以人之所惡為己之所喜,此有道者之所以異乎俗也。

新字:古之人非無宝也,其所宝者異也。孫叔敖疾,将死,戒其子曰:“王数封我矣,吾不受也。為我死,王則封汝,必無受利地。楚、越之間有寝之丘者,此其地不利,而名甚悪。荊人畏鬼,而越人信機。可長有者,其唯此也。”孫叔敖死,王果以美地封其子,而子辞,請寝之丘,故至今不失。孫叔敖之知,知不以利為利矣,知以人之所悪為己之所喜,此有道者之所以異乎俗也。

書き下し

古の人、寶無きに非ざるなり。其の寶とする所の者異なるなり。孫叔敖疾みて、將に死せんとして、其の子に戒めて曰く、「王數々我を封ぜんとするも、吾受けざるなり。我死せば、王は則ち汝を封ぜん。必ず利地を受くること無かれ。楚・越の間に寢の丘なる者有り。此れ其の地利ならず、而して名甚だ惡し。荊人は鬼を畏れ、而して越人は禨を信ず。長く有つ可き者は、其れ唯だ此れのみなり。」孫叔敖死するや、王果して美地を以て其の子を封ぜんとすれども、子辭して、寢の丘を請う。故に今に至るまで失わず。孫叔敖の知は、利を以て利と為さざるを知り、人の惡む所を以て己の喜ぶ所と為すを知る。此れ道有る者の俗に異なる所以なり。

現代語訳

昔の人に宝がなかったわけではない。ただ宝とするものが世俗と異なっていたのだ。孫叔敖が病んで死のうとするとき、その子を戒めて言った、「王は何度も私を封じようとされたが、私は受けなかった。私が死ねば、王はお前を封じるだろう。決して肥沃な土地を受けてはならない。楚と越の間に寝丘という所がある。そこは土地が痩せて、名も非常に悪い。楚人は鬼神を畏れ、越人は祟りを信じる(から、誰も欲しがらない)。長く保てるのは、ただここだけだ」と。孫叔敖が死ぬと、王は果たして肥沃な土地でその子を封じようとしたが、子は辞退して寝丘を願い出た。だから今に至るまで子孫はこの地を失わずにいる。孫叔敖の知恵は、利益を利益としないことを知り、人が嫌うものを自分の喜ぶものとすることを知っていた。これが道を体得した者が世俗と異なるゆえんである。

解説

名宰相の孫叔敖が、肥沃な土地を望まず、痩せて縁起の悪い寝丘を子に選ばせた故事です。誰もが欲しがる良地は争いを招いて奪われるが、誰も欲しがらぬ土地こそ長く保てるという逆説の知恵を示します。人が嫌うものをあえて選ぶ孫叔敖の判断は、目先の利を利とせず、有道の士が世俗と異なる価値観を持つことの証とされます。異寶篇の主題である「宝とするものが人それぞれ異なる」という論の冒頭例です。現代でも、皆が奪い合う人気の対象より、競争のない場所に長期の安定を見いだす発想は、投資や生き方の戦略として通じます。

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