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呂氏春秋 / 安死②

今有人於此,為石銘置之壟上,曰:“此其中之物,具珠玉玩好財物寶器甚多,不可不抇,抇之必大富,世世乘車食肉。”人必相與笑之,以為大惑。世之厚葬也有似於此。自古及今,未有不亡之國也;無不亡之國者,是無不抇之墓也。以耳目所聞見,齊、荊、燕嘗亡矣,宋、中山已亡矣,趙、魏、韓皆亡矣,其皆故國矣。自此以上者亡國不可勝數,是故大墓無不抇也。而世皆爭為之,豈不悲哉?

新字:今有人於此,為石銘置之壟上,曰:“此其中之物,具珠玉玩好財物宝器甚多,不可不抇,抇之必大富,世世乗車食肉。”人必相与笑之,以為大惑。世之厚葬也有似於此。自古及今,未有不亡之国也;無不亡之国者,是無不抇之墓也。以耳目所聞見,斉、荊、燕嘗亡矣,宋、中山已亡矣,趙、魏、韓皆亡矣,其皆故国矣。自此以上者亡国不可勝数,是故大墓無不抇也。而世皆争為之,豈不悲哉?

書き下し

今此に人有り。石銘を為り、之を壟上に置きて、「此の其の中の物、珠玉玩好・財物寶器を具うること甚だ多し、抇らざる可からず、之を抇れば必ず大いに富み、世世車に乘り肉を食らわん。」と曰ば、人必ず相與に之を笑い、以て大いに惑えりと為さん。世の厚葬するや、此に似たる有り。古自り今に及ぶまで、未だ亡びざるの國有らざるなり。亡びざるの國無ければ、是れ抇られざるの墓無きなり。耳目の聞見する所を以てすれば、齊・荊・燕は嘗て亡び、宋・中山は已に亡び、趙・魏・韓皆亡びたり。其れ皆故國なり。此れ自り以上の者は亡國勝げて數う可からず。是の故に大墓は抇られざる無きなり。而るに世皆爭いて之を為す。豈に悲しからずや。

現代語訳

今ここに人がいて、石の銘を作り墓の上に置いて、「この中の品物は、珠玉・もてあそび・財物・宝器が非常に多い。掘らないではいられない、掘れば必ず大金持ちになり、代々車に乗り肉を食える」と記したとする。人は必ずこぞってこれを笑い、大変な愚か者だと思うだろう。世間の厚葬は、これに似たところがある。昔から今に至るまで、滅びなかった国はない。滅びない国がないということは、掘り返されない墓もないということだ。見聞するところでは、斉・荊(楚)・燕はかつて滅び、宋・中山はすでに滅び、趙・魏・韓もみな滅んだ。それらはみな由緒ある国であった。これより以前に滅びた国は数えきれない。だから大きな墓は掘り返されないものがない。それなのに世間はこぞって大きな墓を造ろうと争う。なんと悲しいことではないか。

解説

豪華な墓は「中に宝がある、掘れば富める」と石に刻んで宣伝するのと同じで、盗掘を招く愚だと痛烈に喩えます。そして、滅びなかった国は歴史上一つもなく、ゆえに暴かれない墓もない、と斉・楚・燕・宋・趙・魏・韓など実在の国名を挙げて論証します。国が滅べば墓を守る者もなくなり、大きな墓ほど必ず掘り返されるという歴史の必然を突きつけ、それでも厚葬を争う世を悲しみます。現代でも、目立つ資産ほど狙われ、権勢は永続しないという教訓は、富や地位の誇示のリスクを考えるうえで示唆に富みます。

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