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呂氏春秋 / 愛士②

昔者秦繆公乘馬而車為敗,右服失而埜人取之。〔繆公自往求焉〕,見埜人方將食之於岐山之陽。繆公歎曰:「食駿馬之肉而不還飲酒〔者傷人〕,余恐其傷女也!」於是徧飲而去。處一年,為韓原之戰,晉人已環繆公之車矣,晉梁由靡已扣繆公之左驂矣,晉惠公之右路石奮(投)〔杸〕而擊繆公之甲,中之者已六札矣。埜人之嘗食馬肉(於岐山之陽)者三百有餘人,畢力為繆公疾鬭於車下,遂大克晉,反獲惠公以歸。此《詩》之所謂曰「君君子則正,以行其德;君賤人則寬,以盡其力」者也。人主其胡可以無務行德(人)愛人乎?〔行德〕愛人則民親其上,民親其上則皆樂為其君死矣。

新字:昔者秦繆公乗馬而車為敗,右服失而埜人取之。〔繆公自往求焉〕,見埜人方将食之於岐山之陽。繆公歎曰:「食駿馬之肉而不還飲酒〔者傷人〕,余恐其傷女也!」於是徧飲而去。処一年,為韓原之戦,晉人已環繆公之車矣,晉梁由靡已扣繆公之左驂矣,晉恵公之右路石奮(投)〔杸〕而擊繆公之甲,中之者已六札矣。埜人之嘗食馬肉(於岐山之陽)者三百有余人,畢力為繆公疾闘於車下,遂大克晉,反獲恵公以歸。此《詩》之所謂曰「君君子則正,以行其徳;君賤人則寛,以尽其力」者也。人主其胡可以無務行徳(人)愛人乎?〔行徳〕愛人則民親其上,民親其上則皆楽為其君死矣。

書き下し

昔者、秦の繆公、駕に乘りて車敗を為し、右服失して、埜人之を取る。繆公自ら往きて之を求むるに、埜人方將に之を岐山の陽に食らわんとするを見る。繆公歎じて曰く、駿馬の肉を食らいて、還やかに酒を飲まずんば、余、其の女を傷わんことを恐るるなり、と。是に於て遍く飲ましめて去る。處ること一年、韓原の戰を為す。晉人已に繆公の車を環み、晉の梁由靡已に繆公の左驂を扣え、晉の惠公の右の路石、投を奮いて繆公の甲を撃ち、之に中つる者已に六札なり。埜人の嘗て馬肉を岐山の陽に食らう者三百有餘人、力を畢くして繆公の為に疾やく車下に鬭い、遂に大いに晉に克ち、反て惠公を獲て以て歸る。此れ詩の所謂、君子に君たれば則ち正、以て其の德を行わしめ、賤人に君たれば則ち寬、以て其の力を盡くさしむ、と曰う者なり。人主其れ胡ぞ以て德を行い人を愛することを務めること無かる可けんや。徳を行い人を愛すれば則ち民其の上に親しみ、民其の上に親しめば、則ち皆其の君の為に死することを樂しむ。

現代語訳

昔、秦の繆公が馬車に乗っていて車が壊れ、右の内側の馬が逃げて野人がこれを捕らえた。繆公は自ら探しに行き、野人が岐山の南でその馬を食べようとしているのを見た。繆公は嘆じて言った、『駿馬の肉を食べてすぐに酒を飲まなければ、人を害する。私はお前たちの体を損なうのを恐れる』と。そこで皆に酒を飲ませて立ち去った。一年後、韓原の戦いが起こり、晋人はすでに繆公の車を囲み、晋の梁由靡は繆公の左の外馬を捕らえ、晋の恵公の右の路石が武器を振るって繆公の鎧を打ち、鎧のさねを六枚も打ち落とした。かつて岐山の南で馬肉を食べた野人三百余人が、力を尽くして繆公のために車の下で懸命に戦い、ついに大いに晋に勝ち、逆に恵公を捕らえて帰った。これが『詩』にいう『君子の君主となれば正しく、その徳を行わせ、賤しい者の君主となれば寛容で、その力を尽くさせる』ということである。君主がどうして徳を行い人を愛することに努めずにいられよう。徳を行い人を愛せば民は上に親しみ、民が上に親しめば皆その君主のために喜んで死ぬのである。

解説

この段は、秦の繆公が愛馬を食べた野人をとがめず、かえって酒まで与え、後の窮地でその野人たちに命を懸けて救われたという故事を語ります。繆公は罰する代わりに、馬肉には酒が要ると相手の体を気遣いました。その情けが一年後の韓原の戦いで、三百余人の決死の働きとなって返り、敵の恵公を捕らえる勝利を生みました。過失を責めず情けをかけた行いが、後に大きな支えとなって返るというこの逸話は、日頃の徳や人への配慮が信頼として蓄積されていく現代の人間関係に通じます。

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