呂氏春秋 / 簡選③
武王虎賁三千人,簡車三百乘,以要甲子之事於牧野而紂為禽。顯賢者之位,進殷之遺老,而問民之所欲,行賞及禽獸,行罰不辟天子,親殷如周,視人如己,天下美其德,萬民說其義,故立為天子。
新字:武王虎賁三千人,簡車三百乗,以要甲子之事於牧野而紂為禽。顕賢者之位,進殷之遺老,而問民之所欲,行賞及禽獣,行罰不辟天子,親殷如周,視人如己,天下美其徳,万民説其義,故立為天子。
書き下し
武王は、虎賁三千人、簡車三百乘、以て甲子の事を牧野に要して、紂、禽と為る。賢者の位を顯かにし、殷の遺老を進めて、民の欲する所を問い、賞を行うこと禽獸に及び、罰を行うこと天子を辟けず。殷を親しむこと周の如く、人を視ること己の如し。天下、其の德を美し、萬民其の義を説ぶ。故に立ちて天子と為る。
現代語訳
武王は、勇士三千人、選りすぐった戦車三百乗で、甲子の日の牧野の戦いに臨み、紂王は捕らえられた。武王は賢者の地位を高くし、殷の老臣を登用し、民の望むことを問い、賞は鳥獣にまで及ぼし、罰は天子(紂)をも避けなかった。殷の民を周の民のように親しみ、人を自分のように見た。天下はその徳をたたえ、万民はその義を喜んだ。こうして立って天子となった。
解説
この段は、武王が精鋭で牧野に紂を破り、賢者登用と公平な賞罰、民への配慮によって天下の天子となった経緯を語ります。三千の勇士と三百乗という選抜された戦力で勝利し、勝ったのちは敵であった殷の遺臣までも登用し、賞罰を公平にしました。武力と徳治を兼ね備えた点が、理想の義兵とされます。勝者が敗者側の人材まで包摂し、公平に処遇するというこの姿勢は、統合後の組織運営や、立場を問わず公平に評価する制度の考え方に通じます。