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呂氏春秋 / 懷寵①

凡君子之說也,非苟辨也;士之議也,非苟語也。必中(埋)〔理〕然後說,必當義然後議。故說義而王公大人益好理矣,士民黔首益行義矣。義理之道彰,則暴虐姦詐侵奪之術息也。

新字:凡君子之説也,非苟辨也;士之議也,非苟語也。必中(埋)〔理〕然後説,必当義然後議。故説義而王公大人益好理矣,士民黔首益行義矣。義理之道彰,則暴虐姦詐侵奪之術息也。

書き下し

凡そ君子の説くや、苟しくも辨ずるに非ざるなり。士の議するや、苟しくも語るに非ざるなり。必ず理に中りて然る後に説き、必ず義に當りて然る後に議す。故に説義すれば、而ち王公大人益々理を好み、士民・黔首益々義を行う。義理の道彰らかなれば、則ち暴虐姦詐侵奪の術息まん。

現代語訳

そもそも君子が説くのは、いい加減に弁じるのではない。士が議論するのも、いい加減に語るのではない。必ず道理に当たってから説き、必ず義に当たってから議論する。だから義にかなって説けば、王公・大人はますます道理を好み、士や民・人民はますます義を行う。義理の道が明らかになれば、暴虐・姦詐・侵奪の術はやむのである。

解説

「懷寵」篇の冒頭で、言論は義理にかなってこそ意味があると説く一段です。君子や士の弁論・議論は思いつきであってはならず、必ず道理と義に当たってから発すべきで、そうして義にかなった説が広まれば、為政者も民も義を重んじ、暴虐や欺瞞や侵奪はやむと論じます。言葉の正しさが世の風儀を正すという、言論への強い信頼が示されます。義にかなった主張が上下を動かし悪を退けるという発想は、正しい言葉の力を信じる姿勢として、現代の言論や説得のあり方にも通じます。

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