呂氏春秋 / 音初③
周昭王親將征荊,辛餘靡長且多力,為王右。還反涉漢,梁敗,王及蔡公抎於漢中。辛餘靡振王北濟,又反振蔡公。周公乃侯之于西翟,實為長公。殷整甲徙宅西河,猶思故處,實始作為西音,長公繼是音以處西山,秦繆公取風焉,實始作為秦音。
新字:周昭王親将征荊,辛余靡長且多力,為王右。還反渉漢,梁敗,王及蔡公抎於漢中。辛余靡振王北済,又反振蔡公。周公乃侯之于西翟,実為長公。殷整甲徙宅西河,猶思故処,実始作為西音,長公継是音以処西山,秦繆公取風焉,実始作為秦音。
書き下し
周の昭王、親ら將に荊を征せんとす。辛餘靡、長にして且つ多力にして、王の右と為る。還反りて漢を渉る。梁敗れ、王及び蔡公、漢中に抎つ。辛餘靡、王を振いて北に濟り、又反りて蔡公を振う。周公乃ち之を西翟に侯とし、賞して長公と為す。殷の整甲、宅を西河に徙す。猶ほ故處を思う。實に始めて西音を作為す。長公、是の音を繼ぎて以て西山に處り、秦の繆公、風を取り、實に始めて秦音を作為す。
現代語訳
周の昭王が自ら荊を征伐しようとした。辛餘靡は身長が高く力も強かったので、王の車右となった。帰りに漢水を渡ったとき、橋が壊れ、王と蔡公は漢水の中に落ちた。辛餘靡は王を救って北岸に渡り、また引き返して蔡公を救った。周公はこれを西翟の諸侯とし、賞して長公とした。殷の整甲は住まいを西河に移したが、なお故郷を懐かしみ、これが実に西方の音楽(西音)の始まりである。長公はこの音を継いで西山に住み、秦の繆公がその民謡を採り、これが実に秦の音楽(秦音)の始まりである。
解説
この段は、西方の音楽と秦の音楽の起源を伝えます。王を救った勇士辛餘靡が長公に封じられ、故郷を懐かしむ殷の整甲の心から西音が生まれ、それを継いだ長公の地で後に秦音が起こったと語られます。ここでは、故郷を思う望郷の情が音楽を生む源として描かれます。土地を離れた人の郷愁が旋律となり、やがてその地の音楽として受け継がれていく流れがうかがえます。離れた場所や過去を慕う気持ちが表現に結晶するという見方は、移動と離散の多い現代において、故郷や記憶と結びつく音楽の力を考えるうえでも示唆的です。