呂氏春秋 / 用眾④
故學士曰:「辯議不可不為。」辯議而苟可為,是教也。教大議也。辯議而不可為,是被褐而出,衣錦而入。
書き下し
故に學士曰く、「辯議は為さざる可からず。」辯議して苟くも為す可きは、是れ教えなり。教えは大議なり。辯議して為す可からざるは、是れ褐を被りて出で、錦を衣て入るなり。
現代語訳
だから学者はこう言う、「議論は行わないわけにはいかない」と。議論をしてそれが役に立つものであれば、それは人を導く教えである。教えは大切な議論である。議論をしてもそれが役に立たないのは、外出時には粗末な服を着て出かけ、家に帰ってから錦を着るようなもので、人の目に触れないところで飾るだけの無益なことである。
解説
この段は、議論すること(辯議)の意義を論じます。議論は必ず行うべきもので、役に立つ議論は人を導く教えとなり、大切な意味を持つ、というのが要点です。一方、役に立たない空疎な議論は、外では粗末な服を着て人の見えない家の中でだけ錦をまとうようなもので、無益だと戒めます。背景には、議論を単なる言葉の応酬ではなく、他者と交わることで知を広げ人を教え導く「用衆」の実践と見る考えがあります。現代でも、実りある議論は互いの理解を深め成果を生むが、内輪でうわべを飾るだけの議論は意味がないという指摘は、対話や会議のあり方を問い直す教訓として読むことができます。