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呂氏春秋 / 誣徒④

不能學者:從師苦而欲學之功也,從師淺而欲學之深也。草木雞狗牛馬,不可譙詬遇之,譙詬遇之,則亦譙詬報人,又況乎達師與道術之言乎?故不能學者:遇師則不中,用心則不專,好之則不深,就業則不疾,辯論則不審,教人則不精;(於師慍)〔慍於師〕,懷於俗,羈神於世;矜勢好尤,故湛於巧智,昏於小利,惑於嗜欲;問事則前後相悖,以章則有異心,以簡則有相反;離則不能合,合則弗能離,事至則不能受。此不能學者之患也。

新字:不能學者:従師苦而欲學之功也,従師浅而欲學之深也。草木雞狗牛馬,不可譙詬遇之,譙詬遇之,則亦譙詬報人,又況乎達師与道術之言乎?故不能學者:遇師則不中,用心則不専,好之則不深,就業則不疾,辯論則不審,教人則不精;(於師慍)〔慍於師〕,懐於俗,羈神於世;矜勢好尤,故湛於巧智,昏於小利,惑於嗜欲;問事則前後相悖,以章則有異心,以簡則有相反;離則不能合,合則弗能離,事至則不能受。此不能學者之患也。

書き下し

學ぶこと能わざる者は、師に從うことを苦にして、學の功を欲するなり。師に從うことを淺くして、學の深きことを欲するなり。草木雞狗牛馬も、譙詬して之を遇す可からず。譙詬して之を遇せば、則ち亦た譙詬して人に報いん。又況んや達師と道術の言とをや。故に學ぶこと能わざる者は、師を遇すれば則ち中らず、心を用うれば則ち專らならず、之を好めば則ち深からず、業に就けば則ち疾めず、論を辯ずれば則ち審らかならず、人に教うれば則ち精ならず。師に慍られ、俗に懷んじ、神を世に羈ぐ。勢に矜り尤を好み、故に巧智に湛み、小利に昏んで、嗜欲に惑う。事を問えば則ち前後相悖り、章を以うれば則ち異心有り、簡を以うれば則ち相反する有り。離るれば則ち合ずること能わず、合すれば則ち離るること能わず、事至れば則ち受くること能わず。此れ學ぶこと能わざる者の患なり。

現代語訳

学ぶことができない者は、師に従うのがおろそかなのに学問の成果だけを欲しがり、師に従うのが浅いのに学問の深さを求める。草木や鶏・犬・牛馬でさえ、しかりののしって扱ってはならない。しかりののしって扱えば、相手もまたしかりののしって返してくる。まして道に達した師や学問の言葉ならなおさらだ。ゆえに学ぶことができない者は、師に接しても正しく向き合えず、心を用いても集中せず、好んでも深くならず、学業に取り組んでも励まず、議論してもはっきりせず、人に教えても精密でない。師に怒られ、俗世になずみ、心を世間につなぎとめる。自分の勢いを鼻にかけて人と異なることを好み、ことさらに小賢しい知恵にふけり、小さな利益に目がくらみ、欲望に惑わされる。物事を問えば前後が食い違い、文章を用いれば筋が通らず、要点をまとめても矛盾する。物事が離れていれば結びつけられず、結びついていれば切り分けられず、事が起これば受け止められない。これが学ぶことができない者の弊害である。

解説

この段は、学ぶことのできない者の欠点を列挙します。師にまともに従わないのに成果や深みだけを欲しがること、師や学問の言葉を粗末に扱えば返ってくるものも粗末になること、集中も探究も浅く、俗世や小利、欲望に心を奪われることが要点です。その結果、問答は食い違い、文章は筋が通らず、事に当たっても受け止められないと述べます。背景には、前段までの教える側の責任に対して、学ぶ側の責任も同じく重いという釣り合いの取れた見方があります。師と弟子の双方が誠実でなければ学びは成り立たないのです。現代でも、努力を惜しみながら結果だけを求め、指導者を軽んじる姿勢がいかに成長を妨げるかを示す、学習者への戒めとして読むことができます。

この一句を、あなたの毎日に。

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