呂氏春秋 / 先己④
《詩》曰:「執轡如組。」孔子曰:「審此言也可以為天下。」子貢曰:「何其躁也?」孔子曰:「非謂其躁也,謂其為之於此,而成文於彼也,聖人組脩其身,而成文於天下矣。」故子華子曰:「丘陵成而(宂)〔穴〕者安矣,(大水)深淵成而魚鱉安矣,松柏成而塗之人已蔭矣。」
書き下し
詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
現代語訳
『詩経』に「手綱を執ることは、組みひもを編むようだ」とある。孔子は言った。「この言葉をよく吟味すれば、天下を治めることができる。」子貢が「なんとせわしないたとえでしょう」と言うと、孔子は答えた。「せわしなさを言うのではない。手元でこう編むことで、あちらに模様が織り出される、そのことを言うのだ。」聖人は組みひもを編むように我が身を修め、天下に模様(秩序)を織り成すのだ。だから子華子はこう言った。「丘陵ができれば穴に住む獣が安んじ、深い淵ができれば魚やすっぽんが安んじ、松柏が育てば道行く人がすでにその陰で憩う。」
解説
手綱さばきを組みひも編みにたとえた『詩経』の句を、孔子が統治論として読み解く逸話です。組みひもは手元の一つ一つの操作が離れた場所の模様を織り成す。同じように聖人は我が身を修めることで、遠い天下に秩序を織り出すと説きます。子華子の言葉も、丘や淵や松柏という土台が整えば、そこに集うものが自然に安んじると重ねます。いずれも、まず自分という手元・土台を整えることが遠大な結果を生むという主題の変奏です。現代でも、日々の足元の所作を整えることが、やがて大きな成果や周囲の安定につながるという示唆として読めます。