呂氏春秋 / 盡數⑥
今世上卜筮禱祠,故疾病愈來。譬之若射者,射而不中,反修于招,何益於中?夫以湯止沸,沸愈不止,去其火則止矣。故巫醫毒藥,逐除治之,故古之人賤之也,為其末也。
新字:今世上卜筮禱祠,故疾病愈来。譬之若射者,射而不中,反修于招,何益於中?夫以湯止沸,沸愈不止,去其火則止矣。故巫医毒薬,逐除治之,故古之人賤之也,為其末也。
書き下し
今世、卜筮禱祠を上ぶ。故に疾病愈々來たる。之を譬うるに射る者、射て中らず、反て招を修めんとするが若し。何ぞ中るに益あらん。夫れ湯を以て沸を止めんとすれば、沸愈々止まらず。其の火を去れば則ち止む。故に巫醫毒藥、逐除して之を治むるは、故より古の人之を賤しむ。其の末を為せばなり。
現代語訳
今の世の人は占いや祈祷を尊ぶ。だから病気はますますやってくる。たとえるなら、弓を射て的に当たらないのに、かえって的の方を直そうとするようなものだ。それで当たるようになるだろうか。そもそも熱湯で煮え立ちを止めようとすれば、沸騰はますます止まらない。その火を取り除けば止まるのだ。だから巫女や医者が毒薬で病を追い払い治療するようなやり方を、昔の人は賤しんだ。それは根本ではなく末端の対処だからだ。
解説
病に対する対処法を論じ、占いや祈祷、対症療法的な治療を戒めています。的に当たらないのに的を直す、熱湯で沸騰を止めようとするという巧みな比喩で、原因を放置して枝葉を処理する愚かさを説きます。病は起きてから薬で追い払うより、そもそも害を除いて起こさないことが根本だという、この篇全体の主張の結びです。現代でも、問題が起きてから対症的に処理するより、原因を断って予防するほうが本質的だという教訓は普遍的です。火元を断つという比喩は、健康にも仕事の問題解決にも通じる知恵です。