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呂氏春秋 / 功名④

大寒既至,民煗是利;大熱在上,民清是走。故民無常處,見利之聚,無〔利〕之去。欲為天子,民之所走,不可不察。今之世,至寒矣,至熱矣,而民無走者,取則行鈞也。欲為天子,所以示民,不可不異也。行不異,亂雖(信)〔倍〕今,民猶無走。民無走,則王者廢矣,暴君幸矣,民絕望矣。故當今之世,有仁人在焉,不可而不此務,有賢主不可而不此事。

新字:大寒既至,民煗是利;大熱在上,民清是走。故民無常処,見利之聚,無〔利〕之去。欲為天子,民之所走,不可不察。今之世,至寒矣,至熱矣,而民無走者,取則行鈞也。欲為天子,所以示民,不可不異也。行不異,乱雖(信)〔倍〕今,民猶無走。民無走,則王者廃矣,暴君幸矣,民絶望矣。故当今之世,有仁人在焉,不可而不此務,有賢主不可而不此事。

書き下し

大寒既に至れば、民煖かくなるを是れ利とす。大熱上に在れば、民清しきに是れ走く。是の故に民に常處無く、利を見れば之れ聚まり、之れ無ければ之れ去る。天子為らんと欲すれば、民の走く所、察せざる可からず。今の世、至りて寒く、至りて熱し。而して民の走く者無きは、取くこと則しく行うこと鈞しければなり。天子為らんと欲すれば、民に示す所以は、異ならざる可からず。行い異ならざれば、亂、今に信すと雖も、民猶ほ走くこと無し。民走くこと無ければ、則ち王者廢れ、暴君は幸いし、民は望みを絶つ。故に當今の世、仁人の在ること有れば、而て此を務めざる可からず。賢主有れば、而て此を事とせざる可からず。

現代語訳

厳しい寒さが訪れれば、民は暖かい所を求めてそこへ行く。ひどい暑さが照りつければ、民は涼しい所を求めてそこへ走る。だから民には定まった居場所がなく、利益を見ればそこに集まり、利益がなければ去っていく。天子になろうとする者は、民がどこへ走り集まるのかを見きわめなければならない。今の世は、寒さも暑さも極まっている(民を苦しめる乱世である)。それなのに民が善い君主のもとへ走り集まらないのは、どの君主のもとへ行っても得られるものが同じで、行いも似たりよったりだからだ。天子になろうとするなら、民に示すもの(政治のあり方)は、他と違っていなければならない。行いが人と変わらなければ、乱世が今より倍加しても、民はやはりその人のもとへは走らない。民が走り集まらなければ、王者の道はすたれ、暴君は幸いを得、民は希望を絶たれる。だから今の世に、もし仁の人がいるならば、この、民を引きつける政治に努めなければならない。賢明な君主がいるならば、これを自分の務めとしなければならない。

解説

この段は、民を寒暖に応じて暖かい所・涼しい所へ移るものにたとえ、利のあるところへ自然に集まる性質を説きます。天子たらんとする者は、民がどこへ集まるかを見きわめねばなりません。乱世でありながら民が善政のもとへ集まらないのは、どの君主も似たりよったりで際立った違いがないからだと分析します。だからこそ、民に示す政治は他と明確に異ならねばならず、そうでなければ王者の道はすたれ暴君がはびこり、民は希望を失うと警告します。呂氏春秋は、仁人・賢主にこの務めを促します。現代でも、人は魅力や利のあるところに集まるのだから、他と違う明確な価値を示すことが指導者の要件だという教訓として読むことができます。

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