呂氏春秋 / 功名①
由其道,功名之不可得逃,猶表之與影,若呼之與響。善釣者出魚乎十仞之下,餌香也;善弋者下鳥乎百仞之上,弓良也;善為君者,蠻夷反舌殊俗異習皆服之,德厚也。水泉深則魚鱉歸之,樹木盛則飛鳥歸之,庶草茂則禽獸歸之,人主賢則豪桀歸之。故聖王不務歸之者,而務其所以歸。
新字:由其道,功名之不可得逃,猶表之与影,若呼之与響。善釣者出魚乎十仞之下,餌香也;善弋者下鳥乎百仞之上,弓良也;善為君者,蠻夷反舌殊俗異習皆服之,徳厚也。水泉深則魚鱉歸之,樹木盛則飛鳥歸之,庶草茂則禽獣歸之,人主賢則豪桀歸之。故聖王不務歸之者,而務其所以歸。
書き下し
其の道に由れば、功名の逃ぐること得可からざるは、猶ほ表の影と與にするがごとく、呼ぶことの響と與にするが若し。善く釣る者は、魚を十仞の下より出だす。餌香ばしければなり。善く弋する者は、鳥を百仞の上より下す。弓良ければなり。善く君為る者は、蠻夷反舌、殊俗異習、皆之に服す。德厚ければなり。水泉深ければ則ち魚鼈之に歸し、樹木盛なれば則ち飛鳥之に歸し、庶草茂れば則ち禽獸之に歸し、人主賢なれば則ち豪桀之に歸す。故に聖王は之に歸せしむる者に務めずして、其の歸する所以に務む。
現代語訳
正しい道によるならば、功名が逃れられずについてくるのは、ちょうど日時計の柱に影がつき従い、声に山びこが応えるようなものだ。釣りの上手な者は、水底十仞の深みから魚を釣り上げる。餌が香ばしいからだ。弋(いぐるみ)の上手な者は、空高く百仞の上から鳥を射落とす。弓がよいからだ。君主として優れた者は、言葉の通じない蛮夷や、風俗や習慣を異にする民までもがみな心服する。徳が厚いからだ。泉の水が深ければ魚やすっぽんが集まり、樹木が茂れば鳥が集まり、草が茂れば獣が集まり、君主が賢ければ豪傑が集まる。だから聖王は、人を無理に集めようとするのではなく、人が自然と集まってくる理由、すなわちわが徳を厚くすることに努めるのだ。
解説
この段は、篇「功名」の総論として、正しい道を歩めば功名は影や山びこのように自然についてくると説きます。腕のよい釣り手が香ばしい餌で深い魚を釣り、弓の名手がよい弓で高い鳥を射るように、優れた君主は厚い徳によって、言葉の通じない異民族までも心服させます。水が深ければ魚が、木が茂れば鳥が集まるように、君主が賢ければ豪傑が集まる。だから聖王は人を無理に集めようとせず、人が集まる原因である自らの徳を厚くすることに努めると論じます。呂氏春秋の徳治思想をよく表す段です。現代でも、成果や人望は追い求めて得るものではなく、自らの実力や人格という集まる理由を磨いた結果ついてくるという教訓として読めます。