呂氏春秋 / 貴生②
堯以天下讓於子州支父。子州支父對曰:「以我為天子猶可也。雖然,我適有幽憂之病,方將治之,未暇在天下也。」天下,重物也,而不以害其生,又況於它物乎?惟不以天下害其生者也,可以託天下。
新字:堯以天下譲於子州支父。子州支父対曰:「以我為天子猶可也。雖然,我適有幽憂之病,方将治之,未暇在天下也。」天下,重物也,而不以害其生,又況於它物乎?惟不以天下害其生者也,可以託天下。
書き下し
堯、天下を以て子州支父に讓らんとす。子州支父對えて曰く、「我を以て天子と為すは猶ほ可なり。然りと雖ども、我適々幽憂の病有り、方に將に之を治めんとす。未だ天下を在むるに暇あらず。」天下は重物なり、而るに以て其の生を害せず。又況んや它物に於いてをや。惟だ天下を以て其の生を害せざる者や、以て天下を託す可し。
現代語訳
堯が天下を子州支父に譲ろうとした。子州支父は答えて言った。『私を天子にするのはまあよいでしょう。しかし、私はちょうど気鬱の病にかかっていて、今それを治そうとしているところです。まだ天下を治めている暇はありません』と。天下は最も重い物であるのに、彼はそのために自分の生を損なおうとはしなかった。まして天下以外のもののためならなおさらである。ただ天下のためにさえ自分の生を害さない者にこそ、天下を託すことができるのだ。
解説
この段は、堯から天下を譲られようとした子州支父が、病の養生を理由にそれを断った逸話です。天下という最も重いものと引き換えにしても自分の生命を損なわなかった、という点が称賛されます。呂氏春秋は、こうした逸話を通じて生を貴ぶ思想を具体的に描き、さらに逆説的に、天下のためにすら生を害さない人物こそ、私欲で身を滅ぼさないがゆえに天下を安んじて託せると論じます。権力に執着しない者が結局は最も信頼に足るという発想です。現代でも、地位や成果のために健康や自分を犠牲にしない姿勢が、かえって長く責任を担う信頼につながるという教訓として読めます。