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呂氏春秋 / 重己③

室大則多陰,臺高則多陽,多陰則蹷,多陽則痿,此陰陽不適之患也。是故先王不處大室,不為高臺,味不眾珍,衣不燀熱。燀熱則理塞,理塞則氣不達;味眾珍則胃充,胃充則中大鞔;中大鞔而氣不達,以此長生可得乎?昔先聖王之為苑囿園池也,足以觀望勞形而已矣;其為宮室臺榭也,足以辟燥溼而已矣;其為輿馬衣裘也,足以逸身煖骸而已矣;其為飲食酏醴也,足以適味充虛而已矣;其為聲色音樂也,足以安性自娛而已矣。五者,聖王之所以養性也,非好儉而惡費也,節乎性也。

新字:室大則多陰,台高則多陽,多陰則蹷,多陽則痿,此陰陽不適之患也。是故先王不処大室,不為高台,味不眾珍,衣不燀熱。燀熱則理塞,理塞則気不達;味眾珍則胃充,胃充則中大鞔;中大鞔而気不達,以此長生可得乎?昔先聖王之為苑囿園池也,足以観望労形而已矣;其為宮室台榭也,足以辟燥溼而已矣;其為輿馬衣裘也,足以逸身煖骸而已矣;其為飲食酏醴也,足以適味充虚而已矣;其為声色音楽也,足以安性自娛而已矣。五者,聖王之所以養性也,非好倹而悪費也,節乎性也。

書き下し

室大なれば則ち陰多く、臺高ければ則ち陽多し。陰多ければ則ち蹶し、陽多ければ則ち痿す。此れ陰陽の適ならざるの患いなり。是の故に先王は大室に處らず、高臺を為らず、味は衆珍せず、衣は燀熱せず。燀熱すれば則ち理塞がり、理塞がれば則ち気達せず。味衆珍すれば則ち胃充ち、胃充つれば則ち中大いにもだえ、中大いにもだうれば而ち気達せず。此を以て長生せんとするも得可けんや。昔、先聖王の苑囿園池を為るや、以て觀望して形を勞うに足るのみ。其の宮室臺榭を為るや、以て燥濕を辟くるに足るのみ。其の輿馬衣裘を為るや、以て身を逸んじて骸を煖むるに足るのみ。其の飲食酏醴を為るや、以て味に適し虚を充たすに足るのみ。其の聲色音樂を為るや、以て性を安んじ自ら娯しむに足るのみ。五者は聖王の性を養う所以なり。倹を好みて費を惡むに非ざるなり。性に節するなり。

現代語訳

部屋が大きすぎれば陰の気が多くなり、高殿が高すぎれば陽の気が多くなる。陰が多すぎれば足が冷えて動かなくなり、陽が多すぎれば足が萎える。これは陰陽の均衡が崩れて起こる害である。だから昔の王は、大きすぎる部屋に住まず、高すぎる殿を建てず、珍味を並べ立てず、暑くなるほど厚着をしなかった。厚着で暑くなれば体の筋道がふさがり、ふさがれば気がめぐらない。珍味を食べ過ぎれば胃が満ち、胃が満ちれば腹が張り、腹が張れば気がめぐらない。これで長生きできるだろうか。昔の聖王が庭園や池を造ったのは、眺めて体を適度に動かすのに足りるだけ、宮殿や高殿を建てたのは乾湿を防ぐのに足りるだけ、車馬や衣服を用意したのは体を楽にし温めるのに足りるだけ、飲食や酒を調えたのは味わい空腹を満たすのに足りるだけ、音楽や色事は心を安んじ自ら楽しむのに足りるだけであった。この五つは聖王が本性を養う手立てであって、倹約を好んで浪費を憎んだのではなく、本性に合わせて度を保ったのである。

解説

「重己」篇の結びで、暮らしにおける「ほどよさ(節度)」を説く段です。広すぎる部屋、高すぎる殿、珍味の食べ過ぎ、厚着のしすぎ——どれも陰陽の均衡を崩し、気のめぐりを妨げて健康を損なう、といいます。だから昔の聖王は、住居も衣食も娯楽も、必要を満たす程度にとどめました。ここで大切なのは、それが単なる倹約の美徳ではなく、本性を養うための「節度」だという点です。ケチだから贅沢を避けたのではなく、度を越せば命を損なうと知っていたから、必要十分の線を守ったのです。多いほどよい、豪華なほどよいという発想を退け、何ごとも本性に見合った適量にとどめる——飽食と過剰の時代を生きる私たちに、健やかさの基準を教えてくれる一段です。

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