呂氏春秋 / 本生③
今有聲於此,耳聽之必慊,已聽之則使人聾,必弗聽。有色於此,目視之必慊,已視之則使人盲,必弗視。有味於此,口食之必慊,已食之則使人瘖,必弗食。是故聖人之於聲色滋味也,利於性則取之,害於性則舍之,此全性之道也。世之貴富者,其於聲色滋味也多惑者,日夜求,幸而得之則遁焉。遁焉,性惡得不傷?
新字:今有声於此,耳聴之必慊,已聴之則使人聾,必弗聴。有色於此,目視之必慊,已視之則使人盲,必弗視。有味於此,口食之必慊,已食之則使人瘖,必弗食。是故聖人之於声色滋味也,利於性則取之,害於性則舎之,此全性之道也。世之貴富者,其於声色滋味也多惑者,日夜求,幸而得之則遁焉。遁焉,性悪得不傷?
書き下し
今、此に聲有り。耳に之を聽けば必ず慊し。已に之を聽けば、則ち人をして聾ならしめば、必ず聽かざらん。此に色有り。目に之を視れば必ず慊し。已に之を視れば、則ち人をして盲ならしめば、必ず視ざらん。此に味有り。口に之を食らえば必ず慊し。已に之を食らえば、則ち人をして瘖ならしめば、必ず食らわざらん。是の故に聖人の聲色滋味に於けるや、性に利あれば則ち之を取り、性に害あれば則ち之を舎つ。此れ性を全くするの道なり。世の貴富なる者は、其の聲色滋味に於けるや、惑える者多し。日夜に求め、幸にして之を得れば則ち遁す。遁すれば、性惡くんぞ傷なわざるを得ん。
現代語訳
いま、ここに快い音があるとする。耳で聞けば必ず心地よい。しかしそれを聞けば聾になるというなら、誰も聞くまい。ここに美しい色があり、目で見れば必ず心地よいが、見れば盲になるというなら、見るまい。ここにうまい味があり、口にすれば必ず心地よいが、食べれば口がきけなくなるというなら、食べまい。だから聖人は、音・色・味について、本性に益があれば取り入れ、害があれば捨てる。これが本性をまっとうする道である。ところが世の富貴の者は、音・色・味に惑わされる者が多く、日夜それを追い求め、手に入れれば歯止めなく溺れてしまう。溺れてしまえば、本性がどうして損なわれずにいられよう。
解説
感覚の快楽とどう付き合うかを説く段です。もし目先の快楽が確実に大きな害をもたらすと分かっていれば、人は誰でもそれを避けます。聖人はこの基準を常に用い、本性に益があるかどうかで取捨を決める、というのです。ところが富貴の人ほど快楽を際限なく追い求め、手に入れれば溺れ、かえって身を損なう。快・不快ではなく「わが生に益するか害するか」を判断基準に置け、という一貫した主張がここにあります。楽しみを全否定するのではなく、それが自分をすり減らすものになっていないかを見極めよ、という節度の教えです。欲望との付き合い方に迷う現代人にとっても、判断のものさしを示してくれる一段といえます。