韓非子 / 老第二十一
襄王曰:「子之教我御,術未盡也?」對曰:「術已盡,用之則過也。凡御之所貴:馬體安于車,人心調于馬,而後可以進速致遠。
新字:襄王曰:「子之教我御,術未尽也?」対曰:「術已尽,用之則過也。凡御之所貴:馬体安于車,人心調于馬,而後可以進速致遠。
書き下し
凡そ御の貴ぶ所は、馬體は車に安んじ、人心は馬に調い、而る後以て速きを進め遠きを致す可し。
現代語訳
そもそも馬術で重要なのは、馬体を車に安定させ、人の心を馬と調和させ、そうして初めて速く遠くへ行けることだ。
解説
趙襄主は、師である王於期との競争に負けた。師は言った。「あなたの心はすべて私(競争相手)の上にあった。遅れれば追いつこうとし、先んずれば抜かれまいと恐れる。相手(臣)にばかり意識が向き、自分の馬(馬)と心が調和(調う)していない。これがあなたが遅れる理由だ」。 競合他社(王於期)との競争にばかり目を奪われると、自社の製品やチーム(馬)との調和(=内部の実行力)がおろそかになり、結果としてパフォーマンスが落ちる。
この章句が説くこと
競争戦略内部実行力顧客志向プロダクト志向マインドセット
関連する章句
-
『列子』湯問篇凡そ御する所の者も、亦た此くの如きなり。曩に汝の行くや、之を足に得て、之を心に應ず。之を御に推すに、轡銜の際に齊輯し、脣吻の和に急緩し、胷臆の中に正度し、掌握の間に執節す。内は中心に得て、外は馬の志に合す。是の故に能く進退繩を履みて旋曲規矩に中たり、道を取りて遠きを致すも氣力餘り有り。誠に其の術を得たるなり。之を銜に得て、之を轡に應じ、之を轡に得て、之を手に應じ、之を手に得て、之を心に應ず。則ち目を以て視ず、策を以て驅らず。心閑かに體正しく、六轡亂れず。而して二十四蹄投ずる所に差う無く、迴旋進退、節に中たらざる莫し。然る後に輿輪の外に餘轍無からしむべく、馬蹄の外に餘地無からしむべし。未だ嘗て山谷の嶮、原隰の夷きを覺えず。之を視ること一なり。吾が術は窮まれり。汝其れ之を識せ、と。
-
『韓非子』外儲説右下第三十五故に王良・造父は、天下の善く御する者なり。然り而して王良をして左革を操りて之を叱咤せしめ、造父をして右革を操りて之を鞭笞せしめば、馬十里を行くこと能わず。共にする故なり。
-
『韓非子』老第二十一志の難きは、人に勝つに在らず、自ら勝つに在り。故に曰く、「自ら勝つを之れ強と謂う。」
-
『淮南子』覽冥訓昔者 王良・造父の禦するや、車に上り轡を攝れば、馬 為に整齊にして斂まり諧い、足を投ずること調均、勞逸 一のごとく、心怡び氣和し、體は便にして輕く畢わり、勞を安んじ進むを樂しみ、馳騖すること滅ぶるがごとく、左右すること鞭のごとく、周旋すること環のごとし。世 皆な以て巧と為すも、然れども未だ其の貴き者を見ざるなり。若し夫れ鉗且・大丙の禦するや、轡銜を除き、鞭を去り策を棄て、車 動くこと莫くして自ら舉がり、馬 使うこと莫くして自ら走るなり。日行き月動き、星耀きて玄運し、電のごとく奔り鬼のごとく騰がり、進退屈伸、朕垠を見ず。故に指を招かず、咄叱せずして、歸雁を碣石に過ぎ、鶤雞を姑余に軼ぐ。騁すること飛ぶがごとく、騖すること絕つがごとく、矢を縱ちて風を躡み、猋を追いて忽に歸す。朝に榑桑を發し、日 落棠に入る。此れ用うるを弗るを假りて能く以て其の用を成す者なり。慮思の察、手爪の巧に非ず。嗜欲 胸中に形れずして、精神 六馬を逾ゆ。此れ禦する弗きを以て之を禦する者なり。
-
『韓非子』難勢第四十夫れ良馬固車も、臧獲をして之を御せしむれば、則ち人の笑いと為らんも、王良之を御せば、日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり。或いは千里に至り、或いは人の笑いと為るは、則ち巧拙相去ること遠ければなり。
-
史記 老子韓非列伝凡そ説の難きは、吾が知の以て説くことの難きに有るに非ざるなり。又吾が弁の吾が意を明らかにする能はざるの難きに非ざるなり。又吾が敢て横失して尽くす能はざるの難きに非ざるなり。凡そ説の難きは、説く所の心を知り、以て吾が説を之に当つ可きに在り。